精霊呪縛 / 第二部 ラージャスタン・アグラ宮殿編

シフルとセージを含めた理学院召喚学部Aクラス生四名は、留学生としてラージャスタンへ発つ。期待に胸を膨らませる学生たちを待っていたのは、皇女マーリとその婿オースティン、そして――陰謀の匂いだった。
  • 第1話 英雄の子ら

     幼いころは、何ひとつ呪っていなかった。 己の血も、最初から定められた運命も、すべては当たり前のことであり、とりたてて騒ぎたてなくともよかった。大人になる前に祖国を離れなければならないのも、将来の自分にあらかじめどこかの国の姫君が用意されて…

  • 第2話 炎抱く姫

     アグラ宮殿に足を踏み入れた直後、空が晴れてきた。 灰色の雲のあいまに薄い青がのぞいたかと思うと、あっという間に目の醒めるような群青がひろがった。オースティンは柱廊を進みながら、鮮やかさを増していく庭園を眺めやる。あたりが明るくなるにつれて…

  • 第3話 小さな反逆

    「何をおっしゃっていますの? オースティンさま」 少女の影は、愛らしく小首を傾げる。だがその仕種も、少年には策略の一端としか見えなかった。これまでも、女の媚びには幾度となく遭遇してきたけれど、たったいま眼前で無邪気ぶるものほど、彼の目にあざ…

  • 第4話 眠れる森で君を待つ

     少女の視界のなかで、赤い花弁が鮮やかに散った。(季節が変わる) つぶやきにも似た言葉が、たたずむライラの胸に落ちた。《赤の庭》に強風が吹きつけて、赤い花が散り、あるいは枯れるころ。それがこの国の、季節の変わりめである。 ラージャスタンでは…

  • 第5話 火の宮

     満開のばらの庭に、彼の主がたたずんでいる。 赤、退紅、白、黄——とりどりに咲き乱れるばらの中でも、主の鮮やかさは引けをとらない。人がもっとも美しくなるころ、十八の歳のままで時を止めた彼女は、いってしまえば生ける屍である。美しさや鮮やかさと…

  • 第6話 国ふたつ

     アグラ宮殿フェイジャ宮では、皇帝の寵臣というべき貴族とその家族が起居している。 多くの場合、国内で声望高い者や、急激に所領を増やした者などを、皇帝が指名して招待する。勢力を延ばしつつある貴族を身近において家族ぐるみで養うことにより、彼らを…

  • 第7話 見えない糸

     室内には、箸を使う音がしきりと響いていた。 ここはクッティ宮の一角、マキナ皇家の人々が親しい客と食事するための小食堂だ。例にもれず砂岩造りのこの部屋では、赤い壁や天井が松明に照らしだされ、親密げな空気を演出している。 シフルたち留学メンバ…

  • 第8話 絡まる糸

     青年は、背中に森と空とを負っている。 トゥルカーナの明るい森だ。夏の森は生命力をもてあますようで、木漏れ日すらも力強い。雲ひとつない空は、通り雨のあとの青天。青年の灰青の瞳が、森と空に呑まれてかすんでいる。 自分と同じ色、自分から受け継が…

  • 第9話 脅迫

     ひとつだけ、わからないことがあった。《赤の庭》で眠りつづけた日々の終わり、皇帝の住まうターズ楼へ呼びだされ、女官頭から空(スーニャ)と留学生のことを告げられたとき、その疑問は生じた。 が、そのころのオースティンは、乳兄弟アレンを呼び寄せ、…

  • 第10話 それはひとつの火種

     耳ざわりのよいサロン音楽のなか、貴婦人たちが笑いさざめく。 ゆるやかに長椅子に腰かけ、片手に紅茶、もう一方の手でサンドイッチや小菓子をつまみつつ、貴婦人たちは社交にいそしむ。 ここでの話題は他愛のないものが好まれ、話題がなくなれば流行りの…

  • 第11話 やわらかな檻

     夜半、激しい雨が降りはじめた。 ラージャスタンの雨季は、時間帯に関係なく雨が降る。静かな星空が、突如として叩きつけるような雨音に満たされることも珍しくなく、この日もそんな夜だった。 そのため、この国で生まれ育った者は誰でも、騒音のなかで安…

  • 第12話 祝祭前夜

     オースティンは、ライラが閉めようとした扉を、堪えきれず自分の手で閉ざした。 たん、と冷ややかな音をたて、扉が少女の姿を遮る。扉が閉まるまえに少女は一瞬こちらを見たが、何もいわず、足音は遠ざかっていった。 ――ムストフ・ビラーディ(婿殿)。…

  • 第13話 その手をとって

     嵐がきた。――嵐が去った。 気がつけば、暗闇の中ひとりたたずんでいた。 嵐さえも、自分を置き去りにしていく。今の今までそこにあったはずの玉座はどこにもなく、支えとてなく、立ち尽くしていた。 泣きも叫びもしなかった。恐怖は感じていたものの、…

  • 第14話 鐘が鳴る

     気だるい午後のことだった。 ヤスル教授の授業は、例のごとく自習になった。ひどく気温の上がった昼下がり、ユリスは眠気をもよおし、人気がまばらなAクラス教室でうつらうつらしていた。 友人のカウニッツは、こんな午後でも学習意欲を失わない仲間と、…

  • 第15話 名前のない感情

     声がきこえるほうへ。 いつも、それだけを思っていた。その声が何であっても、誰であっても、一向にかまわなかった。選ぶ権利など、与えられたことは一度もない。本能的に自分を呼ぶ声がきこえるほうへ、盲目的に自分を求める声がきこえるほうへと、歩きつ…

 (続く)
 

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