サイレはトリゴナルKの内部に入った。
サイレが通りを歩いても、誰も気づかなかった。街頭モニタにはサイレの死のことが流れていた。古代の少女が現代に生まれ変わり、人々に大地の夢を見せたこと、そしてその少女がさまざまな謎を抱えたまま行方をくらましたことが、彼女の残した痕跡とともに放映されていた。
生きもせず死にもしない少年は、トリゴナルKの各階層をさまよった。
家にも帰った。サイレを最後まで客のようにしか扱えなかったコリンズワースの家族は、サイレの死に沈んではいたが、サイレがここにいることにはまるで気づかなかった。
アカデミアにも、ラケルタはいなかった。アイバンと同じクラスだったが、アイバンの横にサイレが座っても、決して姿を見せなかった。
アイバンはさみしそうにして、放課後クラブに顔を出しては、サイレやラケルタのことを話していた。ギルヴィエラは相変わらずサイレを罵倒していたが、ラケルタの歌をもっと聞きたかった、と彼女はつぶやいた。
イヴはクラブにもアカデミアにも来なかった。イヴもまた、トリゴナル内で何かを探しているようだった。きっと、ラケルタと自分を探してくれているのだと、サイレにはわかった。棺はすでに最下層の葬送エリアから流されていたが、イヴは何かを感じているらしかった。
高速エレベータに、イヴはひとり乗りこむ。リフトのシートベルトの扱いが苦手な彼女は、相変わらず手間どって、いつまでもリフトが動きださない。
――ほら。
サイレは思わず手を出した。シートベルトがかちゃりとはまって、リフトは動きだす。
「……サイレ」
イヴは泣き笑いの顔で言った。
「また、会えたね」
〈竜〉の言ったとおり、サイレはどこにでも行けた。
現在。過去。ここ、そこ、あちこち。星の子として、いろいろな風景を見た。トリゴナルの中では知りえなかった広さが、そこにはあった。
わけても少年が好きだったのは、過去に行くことだった。未来を待ちながら、少年は過去のありとあらゆる場所をみた。
自分が生きていた場所を見た。エンジュが生きていた場所を見た。ラケルタが生まれた場所を見た。
少しだけ過去に行って、何も知らずに、予想もつかないところから訪れる胸の高鳴りだけを心待ちにしていたころの自分を見た。
自分とイヴが待っているアカデミアの広場に、授業が長引いたラケルタとアイバンが走ってくる。屋台でチュロスを買って、お下げ髪にビン底眼鏡をした彼女の瞳の色は、見えない。でも、その眼鏡の奥に、星空の瞳はあった。
サイレは歌う。
彼女のための歌。星降る庭の、運命のすべてが満ちた場所の歌を。かつて自分たちが、いちばん長くおしゃべりしたときの物語を。
いつかまた、自分たちはきっと出会い、話すのだろう。尽きせぬ物語、星々の庭の歌を。
絶えず循環をつづける大地は、やがて広い草原のうえにふたたび人類が足を下ろすことを許すだろう。いつの日か、裸足で舞う彼女に、また会える日がくるだろう。
彼女の最初のひと言は、決まっている。
あなた は だれ?
――あなたは誰? ……
答えよう。
ずっと、きみを待っていたよ、と。
きみを待つ時間は、さびしくて――幸福だったと。
(終わり)
Fin. 2017.8.31
Last modified: 2022.3.31
