「緊急ニュース出てるよ」
高速エレベータのリフトのなかで、サイレは端末を確認した。イヴがシファに捕まっているというのは信じたくない事実だが、ここまで大々的にニュースになっている以上、どうしようもない。
「団長から返信がないけど、さすがにみんなにも伝わってるでしょ。あとは行くだけか」
はーっ、とサイレがついぞ吐いたことのない性質の息を吐く。
かたわらのラケルタから返事はない。彼女はリフトの座席でシートベルトをしたまま、かがんで足もとの「それ」を点検している。「それ」は両足だけではなく、両手首からものびていた。細く長い針金と、その先に結びつけられた刃。
アルバ・サイフ――と、かつて呼ばれていた武器。
まちがいなく、この刃が叔父のラボを襲った。だが今は、そんなことを訊いている場合ではない。あるいは、もうひとりの使い手かもしれない。まさか生でこの武器を見られるとは思ってもみなかった。アルバ・サイフを思いどおりに操るには、独自の鍛錬が必要らしいと、星(メモリア)で見て知った。それゆえ、〈ティンダルの馬〉は体力も無尽蔵。オペレッタの一幕など、彼女にとっては楽勝だろう。
でも、彼女はいまラケルタだ。ラケルタを生きながら、ティンダルの鍛錬を積むのに、どれほどの努力をしてきたのだろう。
「それ、よく残ってたね」
サイレはつい感想を言った。
「ええ、頼んでおいたの。このときのために」
ラケルタは武器から手を離した。「今はまだ話せない。まだ終わっていないから。すべてが終わったら……」
「うん、聞かせて。おれもいろんなこと、きみに話したい」
彼女は星空の瞳を細める。チャイムが鳴り、リフトが静止した。シートベルトを外して、ラケルタは立ちあがる。
彼女は手を出して、
「あとでね」
「うん、あとで」
サイレは白く細い手を軽くにぎる。そこから自分が溶けていきそうだった。
これから彼女は戦う。重そうなバングルも、彼女はまるでないものかのように舞う。彼女はうつくしい舞手でもあった。
やっと彼女の舞がみられる。あのとき、見られなかったものが。
――エンジュ。
ラケルタはひとつふたつサイレに言いおくと、目で彼女を追いつづける少年を振り返ることなく、リフトを出ていった。
第十二階層の高速エレベータ乗り場は、厳重な警戒体制が敷かれていた。出入り口は立ち入り禁止のテープが貼られ、市警察が居並んでいる。かまわずにまっすぐ出入り口にむかう彼女を、市警察は呼び止めた。
「ラケルタ・ノヴァリさん? あなたそれ……」
当然、アルバ・サイフを見咎められたが、次の瞬間――彼女は飛んだ。
市警察の男たちのあいだにどよめきが起こり、軽業師のような動きで人垣を飛び越えていく少女を、唖然と見送る。アルバ・サイフは、すでにバングルから解放されており、長い鋼の糸をたらしていたが、市警察の人々を傷つけることなく、少女に従っていった。
「すいません」
市警察の人々があっけにとられている隙に、サイレは押し通る。サイレは訓練を積んでいないから、あんな動きはできない。幸い、両手足からのびた糸を意思どおり操る古代の武器を目の当たりにして、市警察は完全に機能停止していた。
サイレは走ってアカデミアにむかった。〈ティンダルの馬〉たるラケルタの姿は、とっくになかった。
