「ドリンクどうぞ」
休憩中、ラケルタはいつものとおり、裏方としても動きまわっていた。ヒロインをこなしながらも、誰かに用意させたクエン酸入りドリンクを、手ずから配っている。
一方、歌手たちは早くも疲れ、座りこんでいる者も多い。
「ラケルタって化け物……?」
今までただ大人しい裏方だと思っていた少女が、ここまでの力を秘めていたとは。ビン底眼鏡を外したら美少女だったというのもどこからツッコミを入れればいいのかわからないが、同じ歌手として、普段は何もしていないように見えたラケルタが一幕歌ってピンピンしているほうが衝撃が大きい。
「わたし人間じゃないの」
と、冗談をいってニコニコしながら、ラケルタは走りまわっていた。
「ラケルタ、あの……」
サイレが話をしようとしても、
「今は舞台をやり遂げないと。喉は大丈夫?」
などと気づかった上で、どこかに行ってしまう。
(きみと、話したいことがある)
平常心で普段どおり働いているラケルタを見ていると、エンジュの星(メモリア)にサイレが適合したことも、星(メモリア)でサイレが見たものも、あのシファのことも、すべて冗談だったかのように思える。この場所だけがサイレの現実であって、エンジュのことはただの幻だったかのような――だとしても、幸せだと思えるような。
(やっぱり、気になる。……ラケルタ、きみは誰?)
このままでは歌に集中できない。サイレは意を決して、動きまわっているラケルタを探しにいった。
「ラケルタは?」
「さっき非常階段のほうに行ったみたいだけど」
「ありがと」
団員に礼をいって、非常階段のドアをあけた。寒色の明かりに照らされた殺風景な場所で、ラケルタは端末をみつめていた。
「――それで今どこにいるの?」
(イヴか……?)
〈第十二階層の展望エリアよ。安心して。市警察が私たちを包囲しているけれど、邪魔はしないようにお願いしてあるから〉
(シファ――)
話しかたですぐにわかった。
「イヴを傷つけないで」
〈この子を殺したら、すぐにでも私は射殺されるわ。私はあなたを待つの〉
シファはそう告げて、通話は切れた。
「ラケルタ……今のは」
「ごめんなさい、サイレ。わたし二幕に出られない。約束があるの。行かなきゃ」
「シファが? どうしてイヴを。誘拐は冗談だったんじゃ」
「お願い、ギルヴィにユスティナの代役を頼んで。時間がない。シファは殺すのに躊躇なんかしない。市警察が射殺に踏みきったら、必ずイヴを殺してから死ぬ。わたしはもう、イヴを死なせたくないの」
「ラケルタ、それは市警察にまかせるべきだ」
どくり、と心臓が脈打つ。あの赤い瞳をした星の子への、生来的な恐怖。イヴが彼女のそばにいるだなんて。ラケルタがそこへ行こうとしているだなんて。たとえラケルタが、みんなが今日知ったより、もっとずっと強い女の子なのだとしても。
「……行かないで」
「わたしは行く」
「おれ、ラケルタに言いたいことがいっぱいあるんだ。だから」
すると、ラケルタは泣きそうになって、それから笑った。
「それを聞くために、ここに生まれてきたの」
「なら……」
「でも、行かなきゃ」
少女は少年の横をすり抜けた。「わたししか、決着をつけられない」
