(……それならオレは、セージ・ロズウェルには負けません。オレだって最短期間でのAクラス入りくらい、やってみせます)
シフルはその場で宣言した。あとでいいわけできないように。死にもの狂いで努力できるように。
それからは、その学生――《セージ・ロズウェル》を目標に据えて、走ってきた。
――大海の鯨になるために、負けてなんかいられない。
試験勉強に疲れたとき、シフルはいつもそう自分に言い聞かせた。
――でも、どうしてオレは大海の鯨になりたいんだ?
体調を崩しているときは弱気になるもので、そう自問したこともあった。
(みんなに認めてもらって一目おかれて、それに何の意味がある。そんなの、親父のやってることと変わらないじゃないか)
ようやく元気になったあとで、シフルはこう答えを出す。
――それでも、何もしないで誰かに導かれるよりはいい!
広場に飛びだし、太陽の光と冷たい風を身に受けて、思いきりからだを伸ばし、前にもうしろにも誰もいないことを思う。少しだけさみしくて、でも何より自由で、シフルは確かにどこかへと向かいつつある自分を、うれしく思うのだ。
* * *
広場のむこう、海に面した小高い丘の上にその場所はあった。
石段を駆けのぼり、頂上にたどりつけば、そこは展望台である。崖の上に古びた大理石の手すりがあって、そこから前を見渡すと、目の前に一面ヤーモット海がひろがっていた。夕方を見計らって展望台に来たなら、それはみごとな日没と赤きヤーモット海を見ることができる。遠い昔、海を渡ってラシュトー大陸にやってきた今のプリエスカ人が、陸にあがってすぐのこの場所を開拓した理由がよくわかる。この場所ほど夕焼けの美しいところはない。少なくとも、シフルはそう思う。
だからシフルは、暇さえあれば、趣味で嗜んでいる民族楽器ゼッツェを携え、展望台に来る。試験でストレスがたまっているとき、疲れたとき、ひとりになりたいとき、ここに来ればなんとかなった。
「うーん」
シフルは肩をほぐした。二週間ほど机に向かいっぱなしだった少年のからだは、あちこちで小気味のいい音をたてた。ひととおりストレッチをすませると、ゼッツェをくわえる。ゼッツェはプリエスカの伝統的な木管楽器で、たて笛を太くしたようなかたちをしていた。優しい音色と安価で手を出しやすい点、習得の難易度が低い点でポピュラーな楽器である。
シフルは軽く息を吹きこみ、楽器をあたためた。それから思いきり息を吸い、吐きだす。ポー、とやわらかな音が響きわたった。
とたんに激しい頭痛に襲われて、シフルは頭を抱える。管楽器は練習を怠ると酸欠に陥るのだ。試験期間の一週間、準備期間の一週間、むろんゼッツェの練習どころではなかった。昇級試験は毎月実施されるので、練習できる期間がそもそも月に三週間弱しかないうえ、暇はおのずからできるものではなく、なんとか捻出するものだった。
Aクラスに上がってもそれは変わらない。上のクラスをめざすことはなくなるが、今度は席を保つ努力をしなければならない。秀才揃いの理学院では、気を抜けば転落など一瞬である。いくら脱落は一度にひとクラスだけといっても、いったん落ちはじめると坂道を転がる玉に等しい。それで初級(エレメンタリー)クラスまで落ちてしまえば、あとには退学が控えている。
「がんばんなきゃなー」
シフルはひとりごちた。《セージ・ロズウェル》という目標がなかったとしても、学院生である限りいつも綱渡りの状態なのだ。楽器に本気でかまけることなどできない。けれど、シフルはゼッツェの楽しみを知っている。
(さて、何か吹くか)
シフルはゼッツェを持ちなおした。精霊讃歌、ロータシア民謡――プリエスカは古くはそういう名の国だった――、流行歌、古典音楽。ぱっと旋律が浮かんできたのは、精霊讃歌の第四番だった。精霊讃歌とは、プリエスカの国教たる通称「元素精霊教」のおしえに基づいた讃美歌である。四番といえば、礼拝から婚礼にいたるまで幅広くうたわれる、誰もが知っている歌だった。
シフルは息を吸う。ゆっくりと吐く。確かな指で、音階を決める穴を押さえていく。そこから曲が流れだす。音楽があふれだす。万象の根源――火水風土の四大元素精霊を讃える、敬虔なる思念によって編みだされた音楽が。柔和で優美、どこか甘やかな音色が、夕焼けの理学院に響きわたる。
空気がかすかに震えている。シフルは芸術畑の人間ではないし、ゼッツェの名手というわけではなかったが、その曲自体の起源を思えばそんなふうになるのも不思議ではない。また、シフル自身の生いたちにも理由があるのだが、そのときの彼はまだ知る由もなかった。
(気持ちいい――)
シフルは恍惚とした。自分が紡ぐ音楽に、大気に浮遊する者たち――精霊――がこぞって反応し、空気を揺さぶっているのだから、むりもない。しかも彼は今、試験後のウキウキ感で満杯の状態だ。
(気晴らしは展望台に限るね)
そう実感しているシフルは、試験週間を除き、ほぼ毎日同じ時間、暇をつくってはこの場所に通っている。というのは、理学院は全寮制のため、一日中同じような顔ぶれと顔をつきあわせていると、言いようのない閉塞感に襲われるのだ。
それで、特に試験後の夕方などは、危うく我を失いかけて、乱心としかいいようのない行為をはたらく学生がときおり現れる。シフルも一度その並々ならぬ童顔ぶりから目をつけられるはめになり、頭のネジがゆるんだ学生たちの餌食となりかけたことがある。以来、そういった雰囲気の場はことごとく避け、なおかつ童顔を隠すためだけに本来は用のない眼鏡を着用している。
そんなわけで、シフルが展望台にやってくるのは、いらだちの募った学生たちから避難するとともに、自分の鬱憤も発散しようという試みだった。その試みは、今のところ大いに成功をおさめている。何しろ、試験疲れを癒せるだけでなく、ここで新しい友人に出会うことができた。いや、正確には「出会って」はいないのだが、シフルは《彼》に対し一方的な友情を抱いている。
ふいに、シフルの音楽に変化がおとずれた。
(今日も来たな)
シフルの胸が弾む。(やっぱりゼッツェは二人以上で吹くものだよなっ)
少年は、さらに意気揚々とゼッツェを吹き鳴らす。
讃歌は基本的に二部合唱である――高声部と低声部でハーモニーを奏でる。そのとき、シフルのなぞっていた主旋律に、誰かが低声部を加えたのだった。ゼッツェの寂しげでさえある音色は、もはや二人分あわさって合奏のにぎやかさだった。
すると、空気中の精霊たちはいっそうの喜びを示してくれる。周囲で光の粒がちらちらと点滅しては落ち、消えていった。とはいえ、当のシフルは演奏に夢中で、ちっとも気づいていない。
精霊讃歌第四番は、あっという間に終わってしまった。シフルは、押し寄せる頭痛にめまいを覚えた。くっそう痛い。本当に、練習は怠けるものじゃない。手すりに寄って頭を垂れる。少し楽になった。
が、思いだしたように少年は顔をあげる。振り返り、広場を見渡した。
せわしなくあちこちを見まわしたが、探している人物は見当たらなかった。毎回毎回、彼が練習している最中に、どこからともなくゼッツェの音を乱入させる人物。たいていはシフルが高声部を担当しているため、かの人物はシフルとの合奏を楽しむかのように低声部に入ってくる。
広場には、まばらに人がいた。移動中の教授や、何やら愛を語りあっている様子の男女、所在なく散歩している学生、じゃれあいはしゃぎまわる女学生。しかし、ゼッツェを携えた人物はみつからない。シフルは校舎の近くや窓の中まで注視したが、陰に入られたらみつけようがない。
結局、みつけられなかった。
(誰だか知らないけど、どうせなら顔向かいあわせてやったほうが楽しいぞー?)
シフルは悔しい気持ちでつぶやき、激痛のはしる頭を抱えて広場への階段を降りていった。まだ見ぬ友人の姿かたちを思い浮かべ、いつか《彼》と向かいあわせでゼッツェを吹く日を夢みながら。
