(オレの、《呪われた血》……)
シフルは剣術の時間、練習用の剣を握りしめたまま座りこんでいた。(親父が? 母さんが……? ――二人をなじってみても、《血》が変わるわけじゃない)
どうしようもない、ということだ。いくら努力を重ねてみても、《精霊王》に呪われているからには三級以上の精霊は力を貸してくれないと、他でもない妖精がいっている。三級以上の精霊が召喚できないのでは、たとえ精霊召喚士になれたとしても三流以下。それぐらいなら、あきらめたほうがましではないか。
「ねえ、シフル。やる気ある? ひょっとして、まださっきのこと怒ってるとか?」
模擬剣で頭を小突いてきたのはルッツだ。シフルが珍しくふてくされているので、彼なりに心配しているようでもある。
「やる気、あるよ。それに、怒ってないよ、別に」
シフルはそう答えてむりに立ちあがり、模擬剣を握りなおした。が、ルッツと打ちあいはじめるや、剣が弾きとばされるのを見た。
「やる気が聞いて呆れるね」
彼はさっさとシフルの相手をやめた。惚けきった少年の前にしばらくしてやってきたのは、ロズウェルである。今日はこばかにするそぶりはなく、ただ試合を申しこんできた。シフルはいちおう彼女との試合に臨んだが、カン、という小気味のいい音とともに叩き落とされた剣をみるにつけ、ますます気力をなくしてしまった。
(オレに比べて、なんでこいつはこんなに恵まれてるんだ?)
そんな思考にとらわれはじめたシフルは、床に落ちた剣をみつめたまま動かない。(こいつはこんなにもたくさんのものを持っているのに、なんでオレはろくなものを持たない?)
「……ダナン。減点されるぞ」
彼女は彼女なりに気をつかっているらしかったが、今のシフルにはどうでもよかった。ただひたすら、思考の渦に呑みこまれていく。
(ロズウェルは頭もいいし、剣も強い。舞踊も。何より、精霊に愛される才能がある。あんなにエルフに愛されて。……もし召喚士になって宮廷に入ることになっても、絶対うまくやっていける)
――ロズウェルは、オレの欲しいすべてをもってる。
その日は、そのあとの授業もさんざんだった。何度、教師に注意されたかも、シフルは覚えていない。
*
シフルはふらふらと階段を昇る。
今日ほど《彼》に会いたいと思ったことはない。もし《彼》に会うという願いが聞き届けられたなら、まずは今日あったことを話し、次にゼッツェで吹く曲を一緒に決めて演奏し、日が落ちるころに「また明日、ここで」と言って別れたい。そんな当たり前のことを《彼》とともにできていたら、きっとちがっていただろう。明るく、もう召喚士はあきらめる、と宣言できたかもしれない――雑談の気軽さで。
でも、今日も《彼》は音色でしか現れないだろう。シフルはひとり、劣等感と絶望感に苛まれながら展望台にたたずむしかない。それから、ひとり寮に帰る。寮には傷つけた友人が待っている。さらに、友人以上に絶望した自分も。
シフルは暗澹たる思いに襲われ、それを振り払うように顔をあげた。
展望台に人影がある。
(エルフ……)
それは、あの青い気ちがい妖精だった。シフルの脳裏に、キリィの顔がよぎる。
「力を借りる気になったか? メルシフル」
妖精は前と同じ質問をしてきた。例によって表情の変化に乏しい、美しい容貌で、妖精は淡々と問いかけてくる。シフルは少しほっとして、しかし声を出す気力がなく、ただ首を横に振った。
「なんだ、元気がないな。どうした」
もう一度、首を横に振る。
シフルのだんまりに、妖精は眉をひそめた。
「とうとう力が必要になったんじゃないのか? え? そうだろう」
と、半ば断言するようにいう。「メルシフル。……おまえが前向きでいられるよう、あのかたはいつも願っている。そのために、俺は力を貸しにきたんだ。つまり、今はそうでないとしても、いつか力を借りざるをえないときがくる。それはおまえのからだにあのかたの血が流れる以上、やむをえない宿命。受け入れるしかないんだぞ」
いいな、受け入れろ、と《彼女》は念を押した。シフルは、半分は聞いており、残り半分は聞いておらず、
「……オレの《血》にはいったい何がある? 呪われてるのか?」
と、焦点の合わないまなざしを妖精に向けた。
「呪われた? とんでもない! そのまちがった認識をすぐに正せ、メルシフル」
妖精は力いっぱい否定した。「おまえの血に流れるのは、愛情だ。すばらしいことに、半分はあのかたの麗しい愛情!」
そこまで言って、妖精はシフルがうすぼんやりしているのに気づく。少年の両頬を押さえると、強制的に自分のほうに向かせた。言い聞かせるように、ゆっくりと話しはじめる。
「いいか、メルシフル。愛情あふれるあのかたが、おまえに力を与えようとおっしゃっている。おまえが決心すれば、の話だが」
《彼女》のクーヴェル・ラーガ(青い石)の瞳が、シフルをまっすぐにみつめてきた。「決断は早めにしろ。別に俺の顔を見てしろとはいわない。いつでもいい、そうと決めたら俺を呼べ。そのときはすぐに行く。俺の名は便宜上ではあるが――空(スーニャ)という。わかったか? 覚えろよ、そうでなければ呼べないだろう。いいな?」
ん? と念を押され、シフルはわけもわからずうなずいたが、実際のところ《彼女》の言葉など頭に入っていなかった。キリィの言葉が頭を埋め尽くしていて、そんな余地はなかった。
シフルは階段を降りはじめ、
「……なあ、おまえ、《精霊王》って知ってる……?」
と、問いかけた。
答えはない。口のなかでつぶやいただけなので、声が届かなかったらしい。《彼女》は、何だ、と聞き返してきた。
「……なんでもないよ」
シフルはぽつりと言って、帰るべき方向にむきなおった。
