07. 最初にして最後のデート - 1/16

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「デートぉ!」
 イヴは叫んだ。
「ああ、デート」
 アイバンは神妙にうなずいた。
 うわさの張本人を除く、いつもの三人だった。イヴとラケルタとアイバン。この三人の組み合わせは、おしゃべりなイヴとアイバンのふたり芝居になりがちで、ラケルタはにこにこ笑いながらそのやりとりを見守っていることが多い。
 ところが、今日のラケルタの口もとに笑みはなかった。ときどきみんなで立ち寄るカフェで、ラケルタはいつも頼むストレートの紅茶を、用もないのにスプーンでかきまわしていた。
「わざわざ言うってことは、いつものただれてるやつじゃないってこと?」
「それはわからない。しかし相手の女子のランクがただごとじゃ」
「ランクってなに! アイバン最低!」
「いやしかし……さすがにあれは男なら誰もがうなる……というか並大抵の男なら手出しするのもためらう。だけどサイレは実行した」
「えっ?」
 イヴが声をあげるとともに、ラケルタがとうとう紅茶のカップをひっくりかえした。スプーンが勢いあまってカップを転がしたのだった。
「サイレからってこと?」
「そうです」
 アイバンが手をあげて給仕AIを呼ぶ。すみやかにやってきたAIが、手ぎわよくテーブルを拭いた。呆然としながらも、ごめんなさい、ありがとうございます、とラケルタは律儀に言い、AIはモニタにメニューを映しだす。もういいです、とラケルタが返すと、AIはすみやかにテーブルを去った。
「あの来る者拒まず去る者追わず方式のサイレが、自分から?」
「そうです。シファ女史のファンクラブ会長であるジュピターが目撃してました。サイレはシファ女史に直球投げたらしいです。『いいわ』と答えたそうですが、その後サイレは例の石ころに夢中になって、具体的な約束はとりつけませんでした。一見忘れたかにみえました。が、このほど急にコールしてきたとのことです。例によって横でまとわりついていたジュピターが、シファ女史がコールを受けるのを目撃してました。答えは」
「『いいわ』……ダメっ! あのひとはダメ! 絶対」
 思いきりテーブルを殴りつけたので、イヴのアップルサイダーが紙コップごと飛んだ。ふたたび店内の給仕AIがテーブルに集まってきた。
「ダメったらダメ!」
「そうは言っても、仕方ないんじゃないですかね」
 先ほどからのまじめぶった調子で、アイバンが答える。「あれだけの美人ですよ? ミステリアス美女ですよ? しかも何回も〈毒の海〉からメモリアを発見してる超弩級のラッキーガールですよ? トリゴナルBですよ。何回裏返したって、すごいところしか出てこないですよ? そりゃあ若干ぐらつくんじゃないですかね」
「トリゴナルBがなによ! あんな――あんなひとなんか全然よくないもん」
「全然よくないって、なんだよそりゃ」
 いつもの口調に戻って、アイバンがいう。「具体的に問題をあげてみろよ」
「あのひと邪悪だもん!」
「邪悪って」
「サイレによくないひとなんだもん! 悪女!」
 イヴはかたわらの親友を見やる。もはやひっくりかえすべきドリンクもなく、ラケルタはうつむいて固まっていた。
「悪女って、そんな評判べつにないだろ? シファ女史は自分でメモリアをみつけだしてるわけで運が実力なわけだし、セレブ生活捨ててトリゴナルKに来てるのもかっこいいし、本人の魅力でサイレの心射止めちゃったんじゃないの? てかイヴはサイレのこと好きってわけじゃない……よな?」
「そりゃあそうだけど、そんなんじゃないもん!」
 イヴは勢いよく立ちあがる。「わたしはサイレに幸せになってもらわなきゃイヤなんだもん! そのために、あのひとは、ダメ! サイレはサイレは」
 イヴは勢いごんでかたわらの親友を振り返る。親友はまだ固まっていた。ラケルタはやさしい。ラケルタは戦わない。ひとりで静かに傷を受けるのだろう。ラケルタのやさしさがもっとアグレッシブであれば、ともイヴは思う。
「まぁ、いいや! とにかくサイレのことは幸せにするからね!」
「ええっ? けっきょく好きなの?」
「まずは」
 妨害かな? アイバンを無視して、イヴは言った。
「まじで?」
「……そうね……」
 信じがたいという顔で、アイバンはかたわらの三つ編みの少女を振り返る。先ほどまで固まっていたラケルタは、いまや強い意志をもって拳を握りしめていた。
 イヴは自分が思っていたよりずっと親友がアクティブでアグレッシブであることを、この日はじめて知った。
「じゃあ、作戦たてよっ」
「作戦は必要ね。情報も。デート場所がわからなければ、戦略の練りようがないもの」
 イヴとラケルタは、残る一人に向きなおる。
「アイバン、ジュピターから情報集めてきてよ」
「ええ? べつに俺、ジュピターと親しいわけじゃ。俺がサイレと仲いいからって、わざわざ釘刺しにくるんだぞあいつ」
 ラケルタは少し思案顔になる。
「……ちょっと信じられないけど、ジュピター・パンタグリュエルがあの人を好きだというなら、わたしたちは一緒に戦えるはずよ」
 信じられないの? ラケルタまで? アイバンが目を白黒させる。「わたしたちに情報を流してパンタグリュエルに損はないでしょう。正面から頼めばきっと協力してくれるはず。アイバン、お願い」
 ラケルタまで? 天を仰いで、アイバンがうめく。
「サイレの幸せのために!」
 イヴはテーブルのうえに手をさしだした。ラケルタはその上に手をのせる。
「ええ、サイレの幸せのために」
 あいつ十分幸せじゃない? 俺が手出ししたからってなにか変わる? とアイバンはぶつぶつ言ったが、有無をいわせぬ少女ふたりに、アイバンは押し負けた。
「……サイレの幸せのために」
 おおー! と少女たちは鬨の声をあげる。騒ぎを聞きつけてまた給仕AIがわらわらと群がりだしたのを、アイバンはおざなりに追い払った。
 イヴが勢いあまって椅子を倒し、給仕AIが支えた。
「善は急げ、だよっ。行こ、二人とも」
「どこにだよ。デートは一週間後だって、ジュピターが」
「デートの妨害はあくまで第一段階だよっ。他にもやることはいっぱいあるのー!」
「なんで? なにを?」
「だけどね、二人にもぜんぶは教えてあげられない。やっぱり、ぜんぶ知ってたら臨場感とかなくなっちゃうでしょ? 真に迫るためには、知らないほうがいいこともあるから!」
「なに言ってるのかまったくわからないんですけど」
 アイバンのツッコミを、例によってイヴは無視して、カードを給仕AIに渡す。さっさと三人分の支払いをすませると、イヴは駆けだしていった。カフェ内には、変わらぬ日常のざわめきと、支払いを受けてテーブルの片づけを始めたAIと、主旨を理解できない友人二人が残った。どうなの? ともうひとりの少女を振り返ってみるも、
「わたしも、よくわからない」
 という答えが返ってきた。「でも、できることはしたいの。アイバン、お願い」
 本能と直感のままに生き、行動する少女イヴと、寛容で忍耐強く慎ましいが、なんらかの意志をもつ少女ラケルタ。
 結局、特にこれといった考えもないアイバンは、最後にはこのふたりを前に折れるしかないのだった。