フリッツはエンジュとは同年齢で異民族出身の元奴隷、つまりかつてエンジュのために買われてきた子どもの一人だった。
彼もマリオン同様、十五歳の男子では随一の戦士との呼び声高い。彼が手に入れたラピスラズリももはや多すぎ、やはりとうの昔に身につけてはいなかった。
ティンダルの衣装だけをまとった身軽ないでたちで、少年はアルバ・サイフとともに舞っていた。
灰色の空の下、試合場の円の中を縦横無尽に駆け巡る二人の少年。だが、やがて相手の少年は均衡を崩していった。地面に倒れこんだ仲間の腕をフリッツは引き、背中に勝利の宣言を受ける。年長の審判は、しきたりどおり勝者にラピスラズリを与えようとした。
「いいよ、邪魔だし。ほしいやつにあげてよ。あっカイウス、要るならあげるけど」
「要るか!」
少年の陽気な笑声が、集落に響き渡った。負けたカイウスは肩をいからせて円の外に出ていく。フリッツはカイウスを見送ってから、笑みをおさめ、何かに気づいたように目を丸くした。
少女は、ぎくりとした。
(目が)
エンジュは、樹上からあわてて飛び降りる。逃げたことに気づかれないように、試合場とは反対方向へ。地面に降り立つと、急いで駆けだした。
エンジュは少し離れたところにある木の上から、十五歳以下の少年たちの試合を見ていたのだった。わけてもその中心にいるフリッツを。あの夜、馬屋で出会った、異民族の少年のひとりを。
なぜと訊かれても、わからない。ただ、自然と足が試合場にむいていた。同時に行われている女子の試合はいつもどおり放棄して、エンジュは光の下で少年を確かめるべく樹上に隠れた。ルルも、巨大なからだを幹にそわせて木と一体化していた。
けれど少年はエンジュに気づいた。ほかの誰もエンジュに気づかないのに、なぜ彼だけは気づいてしまうのだろう。真夜中に響くかすかな歌に、彼だけが耳を澄ますのだろう。このティンダルで、彼ひとりだけが。
エンジュは〈草の海〉に飛びこんでいった。彼女を覆い隠すほどに高い草のなかへ。エンジュは試合を見ていただけであって、逃げる必要なんかないとわかってはいたが、止まらなかった。
「エンジュ!」
少女は硬直する。すぐそこで、草をかき分ける音がした。
「どうして逃げるの?」
うしろを振り返ることはできなかった。
「試合見ててくれたんだ?」
息も切らさずに、少年はそばに来た。
「ねえ、こっち見て? エンジュ」
どうして、彼ひとりだけが。
